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東京高等裁判所 昭和50年(う)49号 判決

被告人 丸井孝男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人宮下明弘が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

所論第一点は、原判決には法令解釈の誤りおよび事実誤認があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるとし、大要次のように主張する。すなわち、原判決は、本件における取調の経緯、違反場所訂正の経過等を考慮し、実態に即して判断すれば、本件の告知、通告は立川市富士見町一丁目一一番地付近踏切における一時不停止についてなされたものとみることができるとし、従つて公訴事実との間に同一性が認められるとした。しかし、反則行為の告知、通告の内容は、告知書、通告書の記載内容のみによつて一義的に確定されるべきであつて、原判決のように諸般の事情を考慮して判断すべきものではない。何となれば、反則者は、告知書、通告書の記載のみによつて問題とされている反則行為について考察し、反則金を納付して公訴権を消滅させるか否かを判断するものであり、これが原判決のいうように諸般の事情までも考慮しなければならないということであれば、犯則者に難きを強いることになり、それによる不利益をすべて犯則者に帰せしめることになるからである。そして、本件告知書、通告書の記載からすれば、本件においては、立川市富士見町四丁目五八番地付近踏切における一時不停止について告知、通告がされたものとみるほかはない。従つて、右告知、通告の対象とされた事実と公訴事実との間には同一性がなく、本件公訴は、道路交通法一三〇条の定める訴訟条件を欠くものであるから、公訴棄却とされるべきであり、これを有罪とした原判決は明らかに法令に違反したものである。また、かりに、告知、通告の内容につき、原判決のように諸般の事情を考慮して判断することが許されるとしても、本件において被告人が富士見町一丁目一一番地付近踏切における一時不停止が犯則行為として問題にされていることを認識したのは、通告された反則金の納付期限後であつたと認められるのであるから、右一丁目一一番地付近踏切における一時不停止について告知、通告がなされたものとは到底認められず、同町四丁目五八番地付近踏切における不停止について告知、通告がなされたものと認めるほかはないのであるから、原判決は事実認定においても誤つているのであり、結局原判決は破棄されなければならない。と以上のように主張するのである。

そこで、原審記録を調査検討し、所論の当否について判断するに、本件における公訴事実は、原判決が罪となるべき事実として認定判示しているところと同様であり、被告人が昭和四八年五月一五日午前九時五〇分ころ普通乗用自動車を運転して立川市富士見町一丁目一一番地付近踏切を通過する際、その直前で停止しなかつたというものである。そして、右は道路交通法三三条一項、一一九条一項二号に該当するものとして起訴されたのである。とすれば、右踏切直前不停止の点は、道路交通法一二五条、同法別表により反則行為に該当し、被告人は反則者ということになるから、被告人に対する本件公訴提起が適法有効なものとされるためには、被告人に対し右不停止の点につき反則金納付の通告がなされたこと、その通告に対し法定の期間内に反則金の納付がなされなかつたこと、以上の各条件を充たすことが必要である(道路交通法一三〇条)。

そこで、進んで、本件公訴提起につき右の各条件が充たされているかどうかについて考察する。原判決が証拠の標目に掲げている各証拠ならびに原審において取調べられた交通反則告知書、同通告書、交通事件原票、立川市街図、警視庁第八方面交通機動隊長作成の捜査依頼(回答)と題する書面(添付されている捜査報告書を含む)等を総合すれば、(一)被告人に対し、昭和四八年六月一一日付通告書により警視総監から通告がなされており、その前段階として、同年五月一五日付告知書により宮本竹雄巡査から告知がなされていること、(二)右通告書、告知書に記載された反則行為と本件公訴事実とを対比すると、いずれも踏切における一時不停止を内容とするものであつて、犯則行為の種別が同一であるばかりでなく、その主体は被告人であつて、その日時、運転車両も同一なのであるが、行為の場所についてだけは、前者が立川市富士見町四丁目五八番地となつているのに対し、後者は同市同町一丁目一一番地となつていて、差異があること、(三)本件の経緯として、警視庁第八方面交通機動隊所属の司法巡査新谷稔、同宮本竹雄の両名は、昭和四八年五月一五日、パトロールカーに乗車して交通取締に従事中、同日午前九時五〇分ごろ、立川市富士見町一丁目一一番地付近に設けられている国鉄青梅短絡線の踏切において、被告人の運転する乗用自動車が速度を若干減じただけで一時停止をしないまま同踏切を通過したのを現認したため、直ちに右被告人の自動車を追跡し、右の踏切から八〇〇メートルほど離れた場所で同車を停止させ、右踏切における不停止の点を被告人に告げ、被告人もこれを認めたので、その場において交通反則切符に必要な記載をし、その一枚目(交通反則告知書)を被告人に交付して反則告知をしたこと、(四)右交通切符作成の際、前記宮本巡査は、被告人車を停止させた場所付近のクリーニング店で新谷巡査が聞いたところに基づき、違反の場所すなわち前記踏切の所在場所を立川市富士見町四丁目五八番地付近道路として記入したこと、(五)被告人は、前記のように反則告知をうけた際、一時不停止を認めて供述書に署名したものの、宮本巡査の言葉や態度が不当であるとして腹を立てたりしたため、告知された反則金相当額を仮納付せず、その後警視総監から昭和四八年六月一一日付交通反則通告書の送付をうけ、反則金六〇〇〇円を通告されたが、これも所定の期限までに納付しなかつたこと、(六)右反則金不納付の結果、本件につき警察において補充捜査がなされたうえ、事件が検察官に送致されたのであるが、右補充捜査の過程において、前記踏切の所在地は富士見町一丁目一一番地であることが明らかになつたため、右を違反場所として本件の不停止につき昭和四八年一〇月二五日付で検察官から略式起訴がなされたこと、(七)右起訴により同年一一月一二日付で罰金六〇〇〇円の略式命令が出されたものの、被告人がこれに対し正式裁判の申立をし、原審の公判が開かれるに至つたこと、以上の諸事実を明らかに認めることができる。被告人は、原審公判において、前記のとおり新谷、宮本両巡査から停止を求められた際、両巡査からはどこの踏切で一時停止しなかつたというのであるかということを最後まで教えてもらえなかつたと供述しているが、右両巡査の原審における証言によれば、両巡査としては「今通つて来た青梅線の踏切」ということを前提として被告人に事実を告げたものであり、被告人としてもそのことを前提として事実を認め、両巡査に対し、「隊長さんを知つている」とか「勘弁してくれ」というような発言までしていたことを明らかに認めることができる。

右の事実関係に基づいて考えると、本件において、告知書、通告書に記載された反則行為と起訴状記載の公訴事実とは実質的に同一であり、ただ前者には反則行為の場所の表示につき若干の誤りがあるだけにすぎないというべきである。どのような反則行為について告知、通告がなされたかを判断するにあたつては、所論のように告知書、通告書の記載文言だけにとらわれる必要はなく、告知、通告のなされた経緯、事情なども勘案してなんら差支えがないと解される。告知、通告をうけた者が、それに応じて反則金を納付すれば、当該反則行為について公訴提起をされることがなくなるわけであり、法律上の利益をうける、逆にいえば、告知、通告の内容を誤解するなどして当該反則行為をしたことがないと考え、所定の期限内に反則金を納付しなければ、公訴を提起される不利益を招来することになるわけであるから、告知、通告の内容の解釈については、それをうけた者の立場をも十分に顧慮しなければならないことは当然であるが、本件被告人の場合、前記のような告知書、通告書における何丁目何番地の点の誤記によつて自己の反則行為の内容につき疑問を抱いたものとは認められず、右誤記のために反則金を納付しなかつたものとも認められない。立川市富士見町近辺には本件の踏切以外にもいくつかの踏切が存在することが記録上明らかであり、近接した日時において各別の踏切一時不停止が生じ得ることも当然であるが、本件において実際に複数の踏切一時不停止がなされ、そのいずれが告知、通告の対象とされたのが疑義を生じたというような事情は全く認められないのである。以上のように種々考察すれば、本件公訴事実の内容とされている富士見町一丁目一一番地付近踏切における一時不停止の点については、被告人に対し反則金納付の通告が適法になされたものであり、被告人は所定の納付期限までに右反則金の納付をしなかつたものということができる。従つて、本件公訴提起は適法有効なものといわなければならない。なお、所論の引用する山形簡裁昭和四八年二月二七日判決は、告知書に反則事項、罰条の記載が全く欠落していたという事案に関するものであつて、本件に適切なものではない。以上と同旨に出た原判決には、法令の解釈、適用の誤りもなければ、事実誤認もなく、論旨は理由がない。

次に、所論第二点は、本件における罪となるべき事実そのものについての事実誤認を主張するものであるが、原判決が証拠の標目に掲げている各証拠によれば、原判示どおりの不停止の事実を明らかに認めることができるのであり、そのほか記録全体を検討しても、原判決の事実認定に誤りがあるとは決して考えられない。原審における証人宮本竹雄の証言と同人が作成した交通事件原票の記載との間に所論のようなくい違いがあるとしても、右証人の証言や右交通事件原票の記載のすべての部分につき信用性が乏しいものということはできない。論旨は理由がない。

以上のとおり、本件控訴趣意はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野敏 綿引紳郎 千葉裕)

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